油屋熊八。
写真は別府駅前の銅像。 銅像の人物が、「油屋熊八」です。 彼は、別府観光の父と言われ、別府観光の 基礎を築いた人です。バスガイドのついた バスを始めたのは、彼です。その時、昭和3年。 ...

油屋熊八の碑。別府公園
亀の井ホテルの創始者で別府由布院観光の恩人である熊八さん。 広い公園で捜すの大変でした。 やまなみハイウェイのアイディア、バスガイドのアイディア~~~~熊八さんのお蔭で、私達は観光旅行の楽しさ倍増。 ...

油屋熊八 別府
亀の井ホテルの中の、レストラン。 客引きのおじさん方にすっかりめげたラブは、目的地の 居酒屋をなかなか探索できず、やけになってホテルで 食べました。「油屋熊八」というのは、創業者の名前だ そうです。 大分名物も少しだけありましたが ...

別府に油屋熊八の銅像が誕生
... 「別府観光の父」が銅像に >> 油屋熊八 - Wikipedia 怖っw しかもコレ絶対酔っ払いの人とかぶら下がってポッキンっしょ。 これ知らない人が見たら結構ビビるんじゃないでしょうか?自分もそうですが。 ...

「油屋熊八麦酒」山香綺ら羅(杵築市)
... 油屋熊八麦酒 (ヴァイツェン) 手づくり製法のビール。 フルーティー な飲み口。 お風呂上りにはたまりません!!! すごくおいしいです。 もうひとつ。 ドンザビエル (スタウト) こちらは ワイン を思わせる味。 コクがあってこちらもおいしかったです。 ...

油屋 熊八(あぶらや くまはち、1863年(文久3年) - 1935年(昭和10年)3月24日)は、大分県別府市を日本有数の温泉地に育てた実業家。
愛媛県宇和島市の裕福な米問屋の生まれで、1888年(明治21年)には27歳で宇和島町議に当選。30歳の時に大阪に渡って米相場で富を築くが、日清戦争後に相場に失敗して全財産を失う。35歳の時にアメリカに渡り放浪の上、現地の教会でキリスト教の洗礼を受けた後、約3年滞在。帰国後、再度相場師となるがうまく行かず、熊八のアメリカ渡航時に別府に身を寄せていた妻を頼って別府温泉に移る。
別府では、1909年(明治42年)「旅人をねんごろにせよ」(旅人をもてなすことを忘れてはいけない)という新約聖書の言葉を合言葉に、サービス精神の実践として亀の井旅館(現在の別府亀の井ホテル)を創業。1924年(大正13年)には洋式ホテルに改装して、亀の井ホテルを開業。続いてバス事業に進出し、1928年(昭和3年)1月10日に亀の井自動車(現在の亀の井バス)を設立して、日本初の女性バスガイドによる案内つきの定期観光バスの運行を開始した。この間、自らのもてなしの哲学と様々な奇抜なアイデアで別府の宣伝に努め、大正の広重といわれる盟友吉田初三郎とともに別府の名前を全国へと広めた。さらに、中谷巳次郎とともに由布岳の麓の静かな温泉地由布院に、内外からの著名人を招き接待する別荘(現在の亀の井別荘)を建て「別府の奥座敷」として開発している。
油屋熊八の詳細